日本人と箸(はし)・椀(わん)に対する意識

acworks様(改変)

はじめに

鍋物の話に事寄せて、その前提としての御話。

鍋物の醍醐味である大人数で大きな鍋を突く(つつく)という食べ方は、
明治時代以降に普及した食べ方です。

それでは、それ以前はどのような食べ方だったでのしょうか。

 

1、箸や椀を神聖視した日本人

まず、日本人は唇(くちびる)に触れるものについて非常に敏感です。

そして、箸(はし)や飯茶碗(めしぢゃわん)、
湯呑(ゆのみ)等、銘々(めいめい)独自のものを持っており、

多くの家庭は、家族といえども共有しません。

こういう考え方を、物の本では「属人主義」と言います。

そして、この「属人主義」が日本社会で根強かった理由のひとつに、
箸が神事に供え(そなえ)られていたことが挙げられます。

神事に供える箸や椀は、白木のもの、
そして、器に至っては、土器(かわらけ)と呼ばれる
釉薬(ゆうやく)の掛かっていない素焼き(すやき)のものを出すのが、
最高の贅沢でした。

つまり、ある時期までの日本人は、
箸や椀を清らかな道具として特別視していたのです。

このような、神仏がかかわる物の考え方や習慣は中々変わりません。
それ自体が、生活規範のような性格を帯びて来るからです。

そして、この思想の裏付けを持つ習慣ですが、
例えば箸については、

『古事記』の時代には、使った箸を川に流す話があり、
時代が下っても、戦国時代辺りの茶会で、
亭主が客人の箸を削る習慣があったといいます。

 

2、江戸時代の生活必需品・箱膳(はこぜん)

注1:『台東区立下町風俗資料館図録』p27より。

 

さらに、飯茶碗や汁椀をまとめる道具として、
18世紀には箱膳(はこぜん)が登場します。

箱膳は、文字通り、箱と膳のふたつの機能があります。

まず、食事以外の時間は、として、各々が使う飯茶碗や汁茶碗等を入れておきます。
そして、食事の際には、箱を引っ繰り返して膳として使う訳です。

さらに、食べ終わると飯茶碗・汁椀等に湯を注ぎ(そそぎ)、
漬物等で食器を綺麗にして湯も飲むという無駄のなさ。
―もっとも、水の便が悪いことに起因する苦肉の策なのかもしれませんが。

最後に、自分の布巾で水気をぬぐうと箱の中に収め(おさめ)、
蓋(ふた)を元に返して、各自で膳棚(ぜんだな)に戻して食事を終えます。

言い換えれば、
昔から、大鍋で作る鍋物の料理は数多(あまた)あっても、

今日の鍋物を囲む時のように
各自で鍋から箸や散蓮華(ちりれんげ=れんげ)で食べたい分だけを取るのではなく、

必ず、鍋から箱膳の各自の椀―銘々膳(めいめいぜん)に装う(よそう)人がいる、
という点が、非常に重要な訳です

そして、この「装う人」は、
普通の家族では母親等の女手になるのでしょうが、

富裕層の家庭では、住み込みのお手伝いさんだったりしまして、
この方々は、家族の食事を手配した後で、自分達も食事を取ります。

つまり、食事を取るのに時間差が生じるので、
一緒に卓を囲むことが出来ない訳です。

 

3、日本人の洋風化とちゃぶ台の登場

注2:『台東区立下町風俗資料館図録』p13より。

 

ですが、明治時代も半ばから後半頃になると、この箱膳が廃れ(すたれ)、
代わりに、「ちゃぶ台」が登場します。

因みに、「ちゃぶ」は中国語の「卓袱」(cho-fu:食事)から来た言葉。
また、「チャブ屋」は幕末から明治初期の開港場(註)に盛んに出店された
外国人相手の料理店のことで、
この言葉は、同時に料理人も意味します。

ちゃぶ台は高度成長期以降はダイニング形式のテーブルに押される運命にありますが、
長方形のタイプは、現在も単身世帯や外食等で現役です。

「ちゃぶ台」の普及が意味するところは、

江戸時代の段階では当時は珍しかった
大勢で卓を囲む中国の卓袱(しっぽく)料理や洋風化の影響が、
大体この頃から一般家庭に及び始めたということです。

因みに(ちなみに)、割箸(わりばし)の普及も大体この前後で、19世紀以降御話。

逆に言えば、何も食文化に限ったことではないのですが、

明治維新当初、生活習慣の洋風化の直接的な影響を受けたのは、
都市部の富裕層が中心でした。

例えば、頭髪については、維新政府の発足後、早々に断髪令が出たものの、
実際に農村の人々が髷(まげ)を結うのを止めたのは明治10年代の後半以降の話。
服装に至っては、庶民が洋装を始めたのは大正時代以降のことです。

そして、一般家庭におけるちゃぶ台の普及は、
こうした居住地域や所得の差異に起因する洋風化のタイム・ラグと
密接な関係にあります。

註)幕末の日米修好通商条約により、
対外貿易は開港場(神奈川・「箱」館・長崎・新潟・兵庫―後に神戸)に制限されていました。

 

4、現在における日本人と箸・椀、そして鍋物

現在における日本人の箸や碗の扱いについては、

金属製のスプーンやフォークを使うカレー・ライス等の洋食の普及は元より、
科学技術の発展や環境に配慮する意識の拡大によって
随分変わって来たように思います。

例えば、液体洗剤によって物理的な食器の汚れが取れるというのは常識ですし、
箸に至っては、最近は職場の社食どころか、
外食でもプラスチックの箸や椀等を共用するところが増えました。

割箸にする材木は廃材同然のものだそうですが、
それでも今の考え方にそぐわないようです。

その一方で、先述の通り、家族の中では箸や食器を共有しなかったり、

それどころか、自分のマグカップを職場に持ち込む、という光景も
少なからず見られます。

―もっとも、洗い方が雑で使う気になれない、というケースもあるかもしれませんが。

とはいえ、日本人の箸や食器に関する意識は、
今以って(いまもって)、新旧の意識が混在している訳ですが、

 

その流れで言えば、寒い季節に大人数で囲む鍋物とは、

日本人の箸・食器に対する新旧の意識が交錯する、
まさにその結節点としての意味を持つ革新的な食文化であったと言えます。

 

余談 資料館の図録

注3:大阪市立住まいのミュージアム『住まいのかたち 暮らしのならい』p76より。
この図録は秀逸ですが、製作に平凡社が関与しているのが大きいのかもしれません。

 

余談ながら、昔の人々の生活について調べる際、
意外に重宝するのが、この種の資料館の図録です。

無論、資料館を直に来訪して、
民具や装束(しょうぞく)等の実物等を見るのが実感が沸くので
おすすめなのですが、

調べ物をする時に座右で何度も見直したり
自宅で時間を気にせずゆっくり眺めるとなると、

文献の出番となります。

その折、
書店に置かれている図録よりも、資料館の発行する図録の方が、
内容がまとまっていて真に迫っているように思えるケースが
少なからずあります。

また、それ程高い買い物でもありませんので、
興味のある方は、記憶の片隅にでも止めておくことをおすすめします。

例えば、台東区立下町風俗資料館の図録の他にも、
大阪くらしの今昔館(大阪市立住まいミュージアム)の図録
『住まいのかたち 暮らしのならい』等も、写真や説明が充実しています。

 

【主要参考文献】
全日本鍋物研究会『平成鍋物大全』
熊倉功夫『日本料理の歴史』
台東区立下町風俗資料館『台東区立下町風俗資料館図録』
槌田滿文『明治大正風俗語典』
池上良太『図解 日本の装束』
河鰭実英『日本服飾史辞典』

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